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濱口竜介「カメラの前で演じること」〜映画「ハッピーアワー」テキスト集成〜

12月によっぽどのことが起きなければ、今年見た映画で一番好きだったのが「ハッピーアワー」であることは揺るがなさそう。

キネ旬の2015年の日本映画ベストテンでは、「恋人たち」、「野火」に続いて第三位になっているけど、個人的にはその上位2作より圧倒的に好き

5時間17分(3部に分かれている!)という桁違いに長い上映時間が気にならないくらいどころか、もっと長く見ていたいと素直に思わせてくれる稀有な映画。そして何より、この映画のキャストのほとんどが演技経験がないということに衝撃を受けた。

 


映画『ハッピーアワー』予告編

 

簡単にあらすじを説明すると、神戸に住む30代後半の4人の女性グループが、それぞれ抱える問題と向き合うという地味な話なんだけど、映画を見た後は、色々な場面で「これはハッピーアワーっぽい瞬間だ」みたいな感じでこの映画のことを頻繁に思い出す。

特に好きなシーンは麻雀のシーンとフェリー乗り場のシーン 

ただ、5時間もある映画なので、なかなか映画全体を語った感想を見かけていない。

NOBODY ISSUE44 特集:濱口竜介『ハッピーアワー』

NOBODY ISSUE44 特集:濱口竜介『ハッピーアワー』

 

この雑誌には色々書いてあるのかもしれないけど、見かけない...

 

そんなこともあって、制作にまつわる全体像について監督自身が執筆したこの本を読んだ。

カメラの前で演じること

カメラの前で演じること

 

はじがきの

それから時間を重ね、今はどちらかと言えば全く逆のことを確信している。映画や音楽は人が生きることを助ける。最良のそれらは常に、人が真摯に生きたことの証拠であるからだ。記録機械であるカメラ(やマイク)はその事実を確かに記録して、何度でも再生する。疑いようのない証を見て、聞いたことが受け取った者の基底において生きることを励ます。確信を持ってそう言えるのは、それが僕自身において起きたことだからだ。

今は僕自身が、「カメラの前で演じること」を励ますために、そのリスクと価値を語りたい。それが即ち『ハッピーアワー』の方法を語ることにもなる。

という文章に胸が熱くなりながら読みはじめ、読み終わった時には、この映画が目指していた理想の高さに驚いた。

演技経験のない人々に様々な工夫を施し、彼らと強固な信頼関係を築いて撮影されたあの映画は、まさに引用の文中にある「人が真摯に生きたことの証拠」があらゆる瞬間に刻み込まれ、この映画に出演したことが彼らの今後の人生の支えになっていくような作品になっていることを痛感した。単なる一本の映画ではなく、もっと大きなものに。

 

制作にまつわる話とシナリオに加えて、キャラクターに実在感を持たせるために書かれたサブテキストが載っていた。このサブテキストは、役者陣に脚本上描かれない「裏」の時間をどのように提示したのかを示す役割だったのだが、その分量の多さに驚いたし、何よりこれも映像にして欲しかったと思った。

 

10個ほどのシーンに分かれてサブテキストが存在するんだけど、メインの4人の女性が初めて一堂に集った日のサブテキストが白眉。相米慎二やイーストウッドの話が出てきた後、カラオケ行ったら誰がどの曲歌うかで言い争うシーンの多幸感たるや。この4人のその後を知っているから切なさもあって、胸いっぱいになる。

RCの「雨上がりの夜空に」の歌い方を聞いて、その人が「雨上がりの夜空に」をどのくらい聞いてきたかわかる、みたいな細部が豊かなエピソードはなんとなく柴崎友香とか津村記久子っぽい感じもする。どっちも関西出身の作家だ。

 

ということで映画を見た方には本も勧めたい。

ちなみに映画は12月に中野で再び上映が決まっていた気がする。DVD化されるか怪しいので是非スクリーンで!

あとは、こちらも神戸を担う人、tofubeatsが登場する鼎談も面白い。

kansai.pia.co.jp