Reach For Tomorrow

日々の一部始終

2017年1週目のこと その2

1月1週目のこと。第1弾はこちらから

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4日にはアップリンクの見逃した映画特集で「スポットライト 世紀のスクープ」を見る。

f:id:m_tenenbaum:20170112215809j:image

めちゃくちゃ面白かった!信仰にまつわる問題やお仕事映画としての面白さもあるけど、ボストンの「街」に住む生え抜きとよそ者について語られた映画だった。

ボストン・グローブ社に新任した局長(よそ者)が最初に「バンビーノの呪い」(ベーブ・ルースがボストン・レッドソックスからニューヨーク・ヤンキースに移籍して以来、レッドソックスがワールドシリーズで勝てなくなった逸話)にまつわる本を読み、最初の編集長会議みたいなシーンでも、ペドロ・マルティネス(当時のレッドソックスのエース)に関する話に興味をそれほど示さず、いきなり教会の事件に踏み込む。

一方でボストンの生え抜きである記者たちは、ボストンにまつわる慣習に無意識に囚われていて、教会の暗部に踏み込む新局長や弁護士をうさんくさい人扱いするけど、彼らとの交流を通じて、ボストンにまつわる「呪い」を解いていこうとする。そして、彼らのボストンっ子としての強みが活きる。事件の被害者から被害状況を聞き出そうとする際に、地元民ならではのトークで共感を示そうとする。こういった脚本の妙を感じながら楽しめた。フェンウェイパークやクラムチャウダーが出てくるのもボストン映画だった。

アップリンクの見逃した特集は、去年も「グッド・ストライプス」を見たので、これまたお正月の恒例行事になりつつある。嬉しい。

 

5日はAirbnbやっている知人に頼まれて、香港からの観光客夫婦を上野駅に迎えにいく。彼らと待ち合わせをする際の目印として自分の服装を伝えたところ、向こうはその返信で自撮りを送ってきて、なんとなくグローバルを感じた。自分は自撮り送れず。会って話してたら、「日本人は英語が話せない人が多いけど、君は違うね」的な褒められ方をされて、まぁそんなひとくくりにしなくてもと思うけど、ほめ言葉を素直に受け取った。

待ち合わせの前後に遅ればせながら植本一子の「かなわない」を読む。

かなわない

かなわない

 

子どもを産んだら「お母さん」になれるんだと思ったらそうじゃなかった。私は自分が生まれた時から何も変わっていない気がする。子どものままかと言えばそうではなく、ただ知恵だけがついた。お母さんであり女であり少女であり私なのだった。「お母さん」だけになれたら、こんなに苦しい思いをすることもなかったのだろう。私はいろんなものに未練がある。 

周りに母親になった人がいないから、母親になるってことのリアリティがビシバシ伝わってきた。

あと、ECDの奥さんってことは内容紹介から知っていたけど、シャムキャッツ・cero・スカートなどとも交流がある人というのは知らなかったので、5年くらい前の東京のインディーシーンを振り返る面白さもあった。 次出るこれも読みたい。

家族最後の日

家族最後の日

 

ちょっと運動を兼ねて、上野までチャリでいったら、寒さもあって帰り道にまぁまぁバテる。

 

6日は、普段行かない理工キャンパスにいって、この本を借りた。

 

数学者たちの楽園: 「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち

数学者たちの楽園: 「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち

 

あとは、バナおぎドリーのもろもろの話を見た記憶しかない。年末、矢作さんがラジオの生放送で婚姻届を出したのよかった。

 

 

メリル・ストリープは以前からスピーチの名手だったことがわかる本 「巨大な夢をかなえる方法」

メリル・ストリープがゴールデングローブ賞の授賞式で述べたスピーチが瞬く間に話題になっていた。

www.elle.co.jp

和訳は上のリンクから読める。

www.harpersbazaar.com

英語の書き起こしはここで読める。

実際に話している映像を見たときに、ライアン・ゴスリングのところで会場に笑いが起きていて、その部分を私は聞き取れなくて気になっていたのだけど、書き起こしを参考にすると"like all nicest people"と言っていたみたい。

 

フットボールとマーシャルアーツをわざわざ引き合いに出したのは上手ではないと思うけど、実際にここまでインパクト出している点に関しては素直に言葉の力を感じる。

 

そのスピーチを聞いたときに思い出したのがこの「巨大な夢をかなえる方法」という本

巨大な夢をかなえる方法 世界を変えた12人の卒業式スピーチ

巨大な夢をかなえる方法 世界を変えた12人の卒業式スピーチ

  • 作者: ジェフ・ベゾス,ディック・コストロ,トム・ハンクス,サルマン・カーン,&9 その他
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/03/11
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アメリカの大学の卒業式講演は日本のそれとは比べものにならないほど注目度が高く、スティーブ・ジョブスの"Stay Hungry, Stay Foolish"というあまりに有名なフレーズが飛び出したのも、彼がスタンフォード大学の卒業式で講演をしたときのこと。

そんな卒業式のスピーチの中でも選りすぐりのものを抜粋したのがこの本で、その中にメリル・ストリープが2010年にバーナード大学(女子大)で行ったスピーチも登場する。ちなみに他には、トム・ハンクス、Google創業者のラリー・ペイジなど。

そこで彼女は、自分も高校時代はモテるために「男の子にとって魅力的に見える女の子」を演じて同性から嫌われていたが、女子大に進学して、周囲との交流によって本来の自分を取り戻したこと、「プラダを着た悪魔」で自分が演じた編集長役が男性から共感を得たことから感じた変化や、名声・成功が自身にもたらしたものなどが語られている。このクラスの役者になるともう自分のことを俯瞰して認識できているのだなと感じるし、聡明さが伝わる。

そして、最後の方に

本日、講演者として招いていただいたのも、私が多くの映画賞を受賞した著名な俳優だからではないかと思います。

でも私自身は、賞をいただいても、「幸せだ」とか、「満足した」とか、「自分の役目を果たした」とか、そういう風には感じないのです。私は自分が出演した作品に誇りを持っていますが、その作品は多くのスタッフとともに作り上げたもの。私一人でやり遂げたことではありません。

私が幸せを感じるのは、様々な役柄を演じる俳優という仕事を通じて、世界について学び、世界の人々に共感するときです。

と語っていて、世界について学び、世界の人々に共感することに幸せを感じると言っていた彼女だからこそ、今回、ああいったスピーチをする決心をしたのではないかなと思いました。

 

 

2016年に読んで、響いた本10冊

今年読んだ本の中で印象に残ったものをまとめようと思います。

ちなみに、去年読んでよかった本はこちらに書いてあります。(コメントはテキトーなままだ...)

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 1. スティーブン・ウィット「誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち」

誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち【無料拡大お試し版】 (早川書房)

誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち【無料拡大お試し版】 (早川書房)

 

こないだ感想を書いたばかりだけど、やっぱりこの本はちょっとずば抜けて楽しかった。カルチャーとビジネス、持たざるものの野心と権力を持つものの野心、といった部分が描かれている本

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2. チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ「半分のぼった黄色い太陽」

半分のぼった黄色い太陽

半分のぼった黄色い太陽

  • 作者: チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ,くぼたのぞみ
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2010/08/25
  • メディア: ハードカバー
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今年は、今の海外文学に意識的に取り組んでみたのだけど、その中でも最良の作品だったと思う。この本を読んだのと同じ時期に「この世界の片隅に」を見たことによって、戦争の中で日常を生きることをどう表現するのかについて色々思いを馳せました。

 

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3. コルム・トビーン「ブルックリン」

ブルックリン (エクス・リブリス)

ブルックリン (エクス・リブリス)

 

映画も好評だったけど、小説もオススメしたい。きちんと自分で選択して自立していくことを丁寧に描いた(しかもそれが今より困難とされる時代において)普遍的な良い話。朝ドラっぽさがある。

 

4. エトガル・ケレット「あの素晴らしき七年」

あの素晴らしき七年 (新潮クレスト・ブックス)

あの素晴らしき七年 (新潮クレスト・ブックス)

 

新潮クレストブックスから出る本はハズレ知らずだけど、その中でも特によかった話。アディーチェの小説もそうだけど、行ったことのない地域に住む人々の暮らしやそこで芽生える感情に思いを馳せ、どこか懐かしい気持ちになることに気づかされることが多かった。

 

5. チャディー・メン・タン「サーチ・インサイド・ユアセルフーー仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法」

サーチ・インサイド・ユアセルフ――仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法

サーチ・インサイド・ユアセルフ――仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法

  • 作者: チャディー・メン・タン,ダニエル・ゴールマン(序文),一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート,柴田裕之
  • 出版社/メーカー: 英治出版
  • 発売日: 2016/05/17
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2016年前半は就活があった。そんな中、働く環境は似ているのに充実してそうな人とそうじゃない人がいるのってどうしてなんだろう〜みたいなことがずっと気になっていた。(今思えば働く環境以外にも、家庭のことなども、その人が充実してるように見えるかどうかには影響すると思う)。そんなことが気になってる所で読んだ本。

 

6. クレイトン・M・クリステンセン「イノベーション・オブ・ライフ ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ 」

イノベーション・オブ・ライフ ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ

イノベーション・オブ・ライフ ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ

  • 作者: クレイトン・M・クリステンセン,ジェームズ・アルワース,カレン・ディロン,櫻井祐子
  • 出版社/メーカー: 翔泳社
  • 発売日: 2012/12/07
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こちらも「サーチ・インサイド・ユアセルフ」と同時期に気になった本。著者の専門分野である経営学での知見を人生論に落とし込んだ話。

「自分の血と汗と涙をどこに投資するかという決定が、なりたい自分の姿を映し出していなければ、そのような自分になれるはずもない」

 

7.フランクル「夜と霧」

夜と霧 新版

夜と霧 新版

 

時間に余裕があるときに名作といわれる本を読んでおくべきだなーと思って手にとった本。

「あなたが経験したことは、この世のどんな力も奪えない」

 

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 8. 最果タヒ「きみの言い訳は最高の芸術」

きみの言い訳は最高の芸術

きみの言い訳は最高の芸術

 

岸本佐知子さんの帯文につられて手にとったけど、面白かった。

「今生まれている作品には今生まれた価値がある。それは音楽だけじゃなくて、本だって、漫画だって、映画だってなんだってそうで、だからこそもうなんだってある、素晴らしいものはなんだってある今みたいな時代でも、私はものを作っている」

 

9. 松田青子「ロマンティックあげない」

ロマンティックあげない

ロマンティックあげない

 

松田さんの勧める小説、映画、漫画にたくさん触れた一年だった。 

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 10. 沙村広明「波よ聞いてくれ」 

波よ聞いてくれ(1) (アフタヌーンコミックス)

波よ聞いてくれ(1) (アフタヌーンコミックス)

 

就活中、Webテストやるついでで満喫にいくことが多くて、そのときに「プリンセスメゾン」、「地獄のガールフレンド」、「四月は君の嘘」、「働きマン」など色々読んだ漫画の中で特に面白かったやつ。高校生のときの修学旅行に持っていた「シスタージェネレーター」を思い出した。新宿にカレー屋さんの元ネタになっている場所があるみたいなので行きたい

 

スティーヴン・ウィット「誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち」

2ヶ月ほど待って、昨日ようやく図書館で借りられたこの本がべらぼうに面白く、興奮冷めやらぬままこのブログを書いている。

誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち【無料拡大お試し版】 (早川書房)

誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち【無料拡大お試し版】 (早川書房)

 

簡単にあらすじを説明すると、出自のバラバラな3人が主人公で、1人目はmp3という技術(身近すぎて誰かが作った技術だという概念なさすぎた!単位のような感じで接していた!)を作り出したドイツ人の技術者ブランデンブルグ、2人目は傍から見れば成功者ではあるが実は大した功績を残していないと感じていたレコード会社のCEOダグ・モリス、3人目は田舎のCD製造工場で働く勤勉だけど、遊ぶためのお金が欲しい青年グローバー。

 

彼らがいかにしてそれまでの音楽業界のビジネスモデルを変えてしまったかが克明に描かれているんだけど、根っこにあるのは既存の権威や政治力に対する反発みたいなものだったりして、そういう個人の身も蓋もない思いが、テクノロジーの力を使って、想像を絶するほどのインパクトを与えた点で大好きな「ソーシャル・ネットワーク」を思い出したり!

50セントはバカでかいダイヤのピアスをしていたし、ビタミンウォーターにも投資していた。カニエはスーパーモデルと付き合い、30万ドルもするらしい金のファラオのようなネックレスをこれ見よがしにつけていた。ダグ・モリスは2ヶ月前にセントラルパークが一望できるコンドミニアムを1000万ドルで買っていた。それにひきかえ、グローバーは工場で年間3000時間も働き、養育費を払いながらゴム手袋とベルトのバックルを使って音楽業界のみんなを打ち負かしていた。

 

「ソーシャル・ネットワーク 」の他に思い出した映画には、「ストレイト・アウタ・コンプトン」があった。N.W.A解散以降、ドクター・ドレを始めとする人々が政府関係者の圧力に負けずにヒップホップシーンを盛り上げていった背景には、今作の主人公でもあるダグ・モリスのような音楽業界のビジネスマンの思惑や野心が反映されていたことなどが書かれている。そして、彼らによってヒップホップが人気のジャンルとして定着した結果、シングル重視(アルバム軽視)の風潮が生まれ、最終的にはCDという媒体の衰退に結びついた、なんていう皮肉な結末にもつながる。ヒップホップという音楽が、文化だけでなく、ビジネスモデルにまで多大な影響を与えたストーリーとして読んでも面白い。それこそN.W.Wからchance the rapperまで一つの文脈として捉えられる感じ

 

この本はtofubeatsがインスタに写真をあげてたことがきっかけで興味を持ったのだけど、この本で描かれている時代(1995年頃から2010年頃まで)と、自分が熱心に音楽を聴き始めた時代(2006年頃)がギリギリで重なっていたので、たくさんの知らない情報に驚きつつ、また同時に、リスナーとしての当事者的な立ち位置からも読めたので楽しかった。

途中で、発売前のアルバムをどのグループがいち早くインターネットにリークするかを競争する場面があるんだけど、どのアーティストのアルバムをリークすると手柄として評価されるか、などが描かれていて、そこに出てくるアーティストのチョイスに当時ティーンだった自分はいちいち「わかる!」ってなる。Fall Out Boyの2ndは懐かしすぎる...

本の中で出てくる曲を、すぐにApple Musicで調べて聴きながら読み進めていたけど、これって今だからできることでちょっと前だったらできなかったんだな...とか、TSUTAYAで洋楽のCDは1年くらい待たないと借りられなかったのとかなんだったんだろう...とかリスナー体験を振り返りながら読めるので2000年代に海外の音楽に夢中になった人には特に勧めたいです。

岸本佐知子講演会 「人はどのようにして翻訳家になるのか?」

先日早稲田で行われた岸本佐知子さんの講演会に行ってきた。

以前参加したトークショーが楽しかったので、今回も面白そうだと思って潜り込んだ。その時のトークショーの感想はこちらに書いたのでよかったら。

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インタビュアーは、翻訳家としては認識していたけど、早稲田で翻訳のゼミを持っていることは今回初めて知った松永美穂さん。

 

〜翻訳家になるまで〜

中学生の時に、絵本の英訳をする宿題で褒められ、それがほぼ唯一の成功体験だった。それが後々翻訳の道に進むきっかけになったとのこと。その後、「文系で英語が得意だったらなんとなく英文科じゃない?」的な周囲の雰囲気に流されて大学へ。

大学では、リチャード・ブローディガン作品の藤本和子訳を読んで、原文より面白いと感じたりしたものの、依然として翻訳家にどうやってなるのかわからないままだったので、就職。ちなみに大学生の時の記憶は3日分くらいしかないくらい暗黒期だったとのこと。

しかし、社会人になっても全然仕事ができないし(「出勤時間を守るという意味がよくわからなかった」・「仕事を辞めた後でも、職場で仕事ができない人がいると『お前、岸本みたいだな』と名前が出てきたらしい」)、人の役に立っていないことでメンタル面が危うくなり、会社以外の居場所が必要であるということから、翻訳教室に行くことを決意。翻訳教室を選んだ理由も、絵画教室と迷ったけど初期投資があまりかからないからというかなりボンヤリしたものだったとのこと。

英文科卒だったこともあって天狗気味で翻訳教室に参加したものの、参加者のレベルの高さと講師の厳しさを痛感して、真剣に勉強を始める。

とはいえ、依然として翻訳家になる方法がよくわからないままだったが、たまたま職場で広告などに関わる仕事に携わっていた縁で、ある作家に「とにかく急ぎで訳してほしい本があって、誰でもいいから翻訳できる人を探しているみたいだけど興味ない?」 と声をかけられ、二つ返事で引き受け、そこから3ヶ月(1ヶ月かも?)で1冊訳したとのこと。今はそのペースで訳せないから、よっぽど真剣にやったのだと思うと振り返っていた。

ようやく初めて翻訳家としてデビューをしたので、その後の翻訳の依頼があるかどうかもよくわかってないまま仕事を辞めてしまったけど、どうにか今に至るという話だった。

 

〜翻訳家としての日々〜 

 ・今でも、小説の英語は半分くらいわからないから、調べながら翻訳する。時には大使館に電話をかけたりすることも。インターネットが出てくるまでは、固有名詞の翻訳に更に手間がかかっていた。特に、松永さんとはニコルソン・ベイカーの翻訳の難しさについて語り合ってた。 

中二階 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

中二階 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

 

 

 ・翻訳する作品の選び方に関しては、amazonで本の表紙を見て、気になった作品を片っ端から買って積んでおいて、その中から更に気になった作品を訳すというスタイルをとっている。その結果、訳したいなと思っていた作品が他の方に訳されることもあるとのこと。

 

・ちゃんとした作家の翻訳は、他の方が訳すと思って、自分が好きな変わった作品や作家を訳していたうちに、変な人を翻訳する人のイメージがついて、「この本、翻訳して見ませんか?」との依頼がくるようになった。

 

・エッセイを書くのが実は嫌い。小説を書いてみようと思ったこともあるけど、全く書けなかった。本当のことしか書けない。

 

〜感想〜

質疑応答の時間になったところから、「たべるのがおそい」(アメトークでも紹介されてた)の西崎憲さんも加わってより贅沢な時間になり、翻訳している最中に作品の世界に入り込めない作品は、どうしたって名作になりえないという話はプロ意識が伝わってきた。 

文学ムック たべるのがおそい vol.1

文学ムック たべるのがおそい vol.1

  • 作者: 穂村弘,今村夏子,ケリールース,円城塔,大森静佳,木下龍也,日下三蔵,佐藤弓生,瀧井朝世,米光一成,藤野可織,イシンジョ,西崎憲,堂園昌彦,服部真里子,平岡直子,岸本佐知子,和田景子
  • 出版社/メーカー: 書肆侃侃房
  • 発売日: 2016/04/15
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あと、質問した学生の多くが岸本さんのエッセイから翻訳に興味を持ち出したという話をしていて、かつて岸本さんが藤本さんのブローディガンの翻訳から翻訳の世界に足を踏み入れたように、岸本さんも多くの人を翻訳の世界に引き込んでいるという事実を目の当たりにして素敵な気分になった。

挫折していた「エドウィン・マルハウス」をもう一度読んでみようと思いました。 

ねにもつタイプ (ちくま文庫)

ねにもつタイプ (ちくま文庫)

 

 

濱口竜介「カメラの前で演じること」〜映画「ハッピーアワー」テキスト集成〜

12月によっぽどのことが起きなければ、今年見た映画で一番好きだったのが「ハッピーアワー」であることは揺るがなさそう。

キネ旬の2015年の日本映画ベストテンでは、「恋人たち」、「野火」に続いて第三位になっているけど、個人的にはその上位2作より圧倒的に好き

5時間17分(3部に分かれている!)という桁違いに長い上映時間が気にならないくらいどころか、もっと長く見ていたいと素直に思わせてくれる稀有な映画。そして何より、この映画のキャストのほとんどが演技経験がないということに衝撃を受けた。

 


映画『ハッピーアワー』予告編

 

簡単にあらすじを説明すると、神戸に住む30代後半の4人の女性グループが、それぞれ抱える問題と向き合うという地味な話なんだけど、映画を見た後は、色々な場面で「これはハッピーアワーっぽい瞬間だ」みたいな感じでこの映画のことを頻繁に思い出す。

特に好きなシーンは麻雀のシーンとフェリー乗り場のシーン 

ただ、5時間もある映画なので、なかなか映画全体を語った感想を見かけていない。

NOBODY ISSUE44 特集:濱口竜介『ハッピーアワー』

NOBODY ISSUE44 特集:濱口竜介『ハッピーアワー』

 

この雑誌には色々書いてあるのかもしれないけど、見かけない...

 

そんなこともあって、制作にまつわる全体像について監督自身が執筆したこの本を読んだ。

カメラの前で演じること

カメラの前で演じること

 

はじがきの

それから時間を重ね、今はどちらかと言えば全く逆のことを確信している。映画や音楽は人が生きることを助ける。最良のそれらは常に、人が真摯に生きたことの証拠であるからだ。記録機械であるカメラ(やマイク)はその事実を確かに記録して、何度でも再生する。疑いようのない証を見て、聞いたことが受け取った者の基底において生きることを励ます。確信を持ってそう言えるのは、それが僕自身において起きたことだからだ。

今は僕自身が、「カメラの前で演じること」を励ますために、そのリスクと価値を語りたい。それが即ち『ハッピーアワー』の方法を語ることにもなる。

という文章に胸が熱くなりながら読みはじめ、読み終わった時には、この映画が目指していた理想の高さに驚いた。

演技経験のない人々に様々な工夫を施し、彼らと強固な信頼関係を築いて撮影されたあの映画は、まさに引用の文中にある「人が真摯に生きたことの証拠」があらゆる瞬間に刻み込まれ、この映画に出演したことが彼らの今後の人生の支えになっていくような作品になっていることを痛感した。単なる一本の映画ではなく、もっと大きなものに。

 

制作にまつわる話とシナリオに加えて、キャラクターに実在感を持たせるために書かれたサブテキストが載っていた。このサブテキストは、役者陣に脚本上描かれない「裏」の時間をどのように提示したのかを示す役割だったのだが、その分量の多さに驚いたし、何よりこれも映像にして欲しかったと思った。

 

10個ほどのシーンに分かれてサブテキストが存在するんだけど、メインの4人の女性が初めて一堂に集った日のサブテキストが白眉。相米慎二やイーストウッドの話が出てきた後、カラオケ行ったら誰がどの曲歌うかで言い争うシーンの多幸感たるや。この4人のその後を知っているから切なさもあって、胸いっぱいになる。

RCの「雨上がりの夜空に」の歌い方を聞いて、その人が「雨上がりの夜空に」をどのくらい聞いてきたかわかる、みたいな細部が豊かなエピソードはなんとなく柴崎友香とか津村記久子っぽい感じもする。どっちも関西出身の作家だ。

 

ということで映画を見た方には本も勧めたい。

ちなみに映画は12月に中野で再び上映が決まっていた気がする。DVD化されるか怪しいので是非スクリーンで!

あとは、こちらも神戸を担う人、tofubeatsが登場する鼎談も面白い。

kansai.pia.co.jp

最果タヒ「きみの言い訳は最高の芸術」など、最近読んだ本のこと

 最果タヒ「きみの言い訳は最高の芸術」

きみの言い訳は最高の芸術

きみの言い訳は最高の芸術

 

最近至る所で注目を集めている最果タヒさんのブログに書かれていたエッセイを書籍化したもの。

浅い関係でいてくださいと、思うようなこともある。

共有するのは感情だとか苦労だとか不幸だとかよりも、お天気や食べたケーキがおいしいことだったり、そういう他愛もないものであってほしいと思っている。

人間が複数いる限り、私たちは「私たち」にはなれなくて、たぶん永遠に個人がよりそっているだけなのだと思う。ただの群れだ。それを孤独だと思うことはなく、ただどこまでも他人でしかない存在とともにいて、他愛もないものを共有して、そのことを幸せだと信じて生きていく。そんな自分のひからびた感性をちゃんと愛していこうと決めている。

たくさんメモとったけど、ここが一番好きかも。インターネットに関するエッセイもいくつかあったりするからかもしれないが、世代の近さを感じたり。

 

 真魚八重子「映画なしでは生きられない」

映画なしでは生きられない

映画なしでは生きられない

 

 

色々な媒体で名前を見かける真魚八重子さんの映画評論集。装丁がかっこいい!

トム・クルーズ論を読んで、日本で、トム・クルーズに近いところ(基本的には王道を歩みつつも、しばしばパブリックイメージからずれた役を演じたり、意外な監督の作品に出たりする)にいる俳優は福山雅治なのかなと思った。

あと、時代を先駆けてモラハラを描いていたっていう解釈の成瀬巳喜男論も面白かった。

 

イーユン・リー「さすらう者たち」

さすらう者たち (河出文庫)

さすらう者たち (河出文庫)

 

中国生まれだけど、今はアメリカに住んで英語で執筆しているという21世紀の世界文学感の強いイーユン・リーの作品。

文革後の中国のある街で、1人の女性が政治犯として処刑された前後の話を街に住む人々が多層的に語る群像劇、読みやすかった。

 

三島由紀夫「お嬢さん」

お嬢さん (角川文庫)

お嬢さん (角川文庫)

 

 

本格的な文芸作品っぽい三島由紀夫はなかなかハードルが高いのだけど、これは当時の若い女性向けの雑誌の連載で書かれた軽い感じの小説で楽しい。広尾の有栖川公園がロマンスの舞台になっていて、自分が知っているあの公園と同じとは思えないけど、微笑ましい。

 

山内マリコ「あのこは貴族」

cakes.mu

単行本が発売されている前にcakesで週3回更新されている山内マリコさんの新作。

山内さんの小説は、地方で思春期を過ごす女子の話が多かったから、都会のお嬢様が主人公の話は新鮮。でも、新宿駅からタクシーを使って、グランドハイアットに行って、アフタヌーンティー楽しむ女子大生とか登場人物の人柄を描写するディティールの細かいところは相変わらずでそういうのとても好き。

山内さんへの思いはこのエントリにも書いてあったりするのでよかったら。

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最近読んだ本はこんな感じですが、他にもこちらのエントリに書いてあったりするのでよければ読んでくれたりするとハッピーです。

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